家族という名の奇跡を追いかけて

今日皆さんに紹介したいのは、私の本棚の中でもひときわ特別な輝きを放っている一冊。写真家・藤代冥砂さんの写真集『NOW&THEN』です。

この本を読み終えたあと、私はしばらくの間、自分の周りにある「当たり前の風景」をただじっと見つめてしまいました。それほどまでに、この一冊が持つ「生」のエネルギーは凄まじく、そして静かです。

目次

テーマ:新潟から沖縄まで、61組の命の往復書簡

藤代冥砂さんといえば、かつて『もう、家に帰ろう』で自身の妻との日々を瑞々しく切り取り、日本中の写真ファンを虜にした写真家です。そんな彼が、実に長い歳月をかけて取り組んだのが、この『NOW&THEN』という壮大なプロジェクトでした。

舞台は、北は新潟から南は沖縄まで。日本各地に暮らす61組の家族を、藤代さんは二度訪ねています。

一度目は、新しい命が宿り、お腹が大きく膨らんだ「産前」。 二度目は、その命が無事に産まれ、家族の一員としてそこに存在する「産後」。

この写真集の最大の特徴は、その構成にあります。 見開きでページをめくると、左側には産前の風景、右側には産後の風景が、ほぼ同じアングル、同じ場所で配置されているのです。

背景にある山並み、畳の上の散らかり具合、壁に貼られたカレンダー。場所は変わらないのに、たった一人の「新しい人間」が加わるだけで、そこに流れる空気の粒子がまるっきり入れ替わってしまったかのような錯覚を覚えます。これは単なる記録写真ではありません。一つの家族に訪れた「劇的な変化」を、極めて淡々と、しかし情熱的に定着させた、命のドキュメンタリーなのです。

生きること、産むこと、そして顔つきが変わること

ページをめくるたびに、私は「産前」と「産後」の決定的な違いに圧倒されました。

もちろん、物理的な違いは明らかです。お腹の中にいた子が、外の世界に出て、母の腕に抱かれている。お父さんは、かつてはどこか手持ち無沙汰だった手が、今ではしっかりと我が子の重みを受け止めている。けれど、それ以上に心を揺さぶるのは、被写体となっている人々の**「顔つき」の変化**です。

わずか数ヶ月、あるいは数年の間に、人はこれほどまでに変わるものなのでしょうか。

ある女性は、産前の写真ではどこか不安げで、内省的な、少女のような面影を残していました。しかし、産後の写真で彼女は、驚くほど凛々しい顔になっています。それは、命を懸けて異界から一人を連れてきた者だけが持つ、野生的なまでの力強さです。瞳の奥に宿る光が、より鋭く、より確かなものへと研ぎ澄まされているのが分かります。

一方で、ある男性は、産前はどこか構えていた肩の力がふっと抜け、見たこともないような深い優しい笑顔を見せています。自分よりも大切な存在に出会ってしまった。その降参に近い幸福感が、目尻のシワ一つ一つに刻まれているかのようです。

この「NOW(現在)」と「THEN(その時)」の対比は、単なるビフォー・アフターの比較ではありません。そこにあるのは、「責任」という重りを背負うことで、人間がこれほどまでに美しく、そして頼もしく変化するのだという希望そのものです。

同じ部屋、同じ光の射し込み方。なのに、右側のページ(産後)は、左側(産前)に比べて、なぜか色が濃く、温度が高く感じられます。赤ちゃんの泣き声や、おむつを替える慌ただしさ、あるいは静かな寝息。そんな目に見えない音や匂いまでもが、静止画であるはずの写真から溢れ出しているのです。

こんな人におすすめ

この『NOW&THEN』は、単なる「家族写真集」という枠に収まりません。私は、以下のような方々にこそ、この本を手に取ってほしいと強く願っています。

まず、現在進行形で育児に奮闘し、毎日が嵐のように過ぎ去っているお父さん、お母さん。 日々の忙しさの中で、自分がどれほど素晴らしい変化を遂げたのか、客観的に気づく余裕はないかもしれません。けれど、この本を開けば、あなたが今その腕に抱いている重みが、どれほど奇跡的な風景の一部であるかを再認識できるはずです。

そして、これから親になることを考えている人、あるいは「家族を持つ」ということに漠然とした不安を抱いている人。 ここにあるのは、綺麗事ばかりではありません。けれど、ここにある表情の数々を見れば、「人が人を育てる」という営みが、いかに人間を美しく、逞しく変えてくれるかが分かります。

もちろん、全ての写真愛好家の方にも。 「同じ場所で撮る」というシンプルな制約が、これほどまでに深い表現を生み出すのかというテクニカルな驚きと、ライカ(あるいはフィルムカメラ)特有の肉感的な質感は、見る者の審美眼を存分に満たしてくれるでしょう。

まとめ:めぐる季節と、止まらない命の鼓動

藤代冥砂さんの『NOW&THEN』は、私たちが忘れかけている「時間は繋がっている」という当たり前の事実を、強烈なヴィジュアルで突きつけてくれます。

産前という「期待」の時間は、産後という「現実」の喜びへと受け継がれる。 それは新潟の雪解けが沖縄の夏へと続くように、あるいは夜が明けて朝が来るように、あまりにも自然で、しかしあまりにも劇的な変化です。

この写真集を閉じるとき、私は自分の両親のことを思い、そしてまだ見ぬ未来の家族のことを思いました。私たちは皆、誰かの「産後」の風景の中に、祝福されて存在している。その事実に気づかせてくれるだけでも、この本には計り知れない価値があります。

棚に飾っておくだけで、部屋の空気が少し優しくなる。そんな一冊です。 皆さんもぜひ、この61組の家族が奏でる、静かなる命の賛歌に触れてみてください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次